釜本邦茂氏のご逝去を悼み、心よりご冥福をお祈り申し上げます。
2025.08.11
私が釜本邦茂選手を知ったのは、ほんの「サッカー」を習い始めたというか、ボールをけり始めた時期。サッカー自体ぜんぜんわかっていなかったし、否応なく釜本の名前は印象に残った。当時のことだから多くのTV中継があったわけではないが、できる限り試合を見た。
ちなみに私が観戦した時は釜本のゴールを目の当たりにした印象は実は薄かったりする…が、やはり数々の劇的なゴールが幾つも記憶に残る。ま、当時の日本のフットボールからして、その大部分が瀬戸際での同点ゴールとかだったりするんだが…
むしろ円熟期から現役晩年(と言ってよいだろうか…)の時期に技術的にどんどん洗練度を増して行った頃の方が、当方の年齢からしても記憶が鮮明かもしれない。アウトのキックとかも、ベッケンバウアーやクライフとともにお手本、参考にさせていただいた。
なんだか書いているとまとまりが…無くなってきてしまった、、、1984年の旧・国立競技場での引退試合(ペレとオベラーツもやって来てくれた、、、オベラーツはフルタイムのプレーをやってくれたし…後半からプレーしたペレの驚異のターンにも驚かされた)も観に行った。
思い出は多いな。故郷のサッカークラブというかサッカースクールでのご縁もいただいていたし。
日本では「大砲」といった表現を使われていたが、ヨーロッパではエレガントと表されていたらしいことも聞いたことがある。往年のプレー映像をこれからご覧になる目にされる方々も多いでしょう。確かに70年代(60年代後半から70年代、せいぜい80年代初め)のフットボールだから、今日のフットボールとは比べようもないだろうが、それでも釜本選手のエレガントな、そして常に豊富な駆け引きや細かいフィジカルテクニックなども見て欲しいなと思う。
そうそう、円熟期以降は試合終盤によく「消える」んですよ。何をしておるんかと思ったら、急に現れてズドンのゴールに叩き込む、、、ああいうストライカーは釜本以降、少なくとも日本では見ないなぁ。。。
全くもって、まとまりのない文章となってしまいました。プレー映像をまた見る機会あれば、記憶や思い出とともに何か書けるかなと思います。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
カテゴリー:サッカー・日本サッカー総合
